国語ができないと国立大学に進学ができない時代が来る?

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地獄と化した2022年共通テスト「数学ⅠA」

2021年1月から始まった共通テストですが、開始前から様々な話題を呼び、開始以降も物議を醸しだすテストでした。

2019年センター英語リスニングの問1。センター試験も所々変な問題は出題されていましたが、共通テストはそのはるか上をいっています

中でも記憶に新しいのは、2022年1月に実施された共通テストの数学ⅠA

私の知り合いのお子さんも泣きながら帰ってきたそうです。

このように会話を含む問題が多く出題されました。

計算問題が大部分であったセンター試験の傾向から読解力重視の試験内容になっています。

国語ができる子は、必要な情報と必要のない情報を選び分け、問題の意図を瞬時につかむことができるでしょうが、数学が得意でも国語が苦手な子は問題文を読むのにも苦労し、結果時間を消費し無残な結果となってしまいました。

東京大学理科三類合格者でも平均点87点

先日、国公立医学部合格者の2022年共通テスト数学ⅠA平均点(河合塾様 栄冠目指してVol1より)がネット上で話題になりました。

東大理三 87点

京大医 84点

(東大理一 82点)

阪大医 80点

名大医 80点

医科歯科医 78点

阪公医 78点

北大医 77点

九大医 77点

(東大理二 77点)

神戸医 76点

筑波医 74点

千葉医 74点

横市医 74点

東北医 73点

京府医 72点

広島医 72点

新潟医 69点

医学部合格者であれば共通テストで95点以上は当たり前に取らなければならないのに、日本最高峰の東京大学理三ですら平均点87点という結果です。

なぜこのような結果になってしまったのでしょう?

ちなみに佐藤塾の数学担当:清水先生は60分で91点、+10分で97点でした。

小学1年生の算数が解けない子どもたち

少し前にある調査結果が話題になりました。

それは小学1年生の算数の問題を半分以上の小学高学年の子どもたちが間違えたというものです。

その問題はこういうものでした。

花子さんはバス停でバスを待っています。

バス停には14人並んでおり、花子さんの前には7人並んでいます。

花子さんの後ろには何人並んでいますか?

なんてことない問題ですが、何と小学高学年の子どもたちの半数以上がこの答えを「7人」と答えてしまったのです。

14ー7という計算をしてしまい、間違えた子が大勢いたそうです。

このようなおおよそ読解力を必要としないであろう文章題ですら、正しく読めない子どもたちが数多く存在するのです。

説明が必要だとは思いませんが、念のため申し上げると、花子さんの前に7人なので、花子さん自身の後ろには6人いる。これが答えです。

〇〇〇〇〇〇●〇〇〇〇〇〇〇バス停(●が花子さん)

読解力以前の問題「活字離れ」

数学の力を問う共通テストであっても数字だけではなく文字を読めないと解けません。

その傾向は年々顕著なものになっていくでしょう。これまでのようにパターン(公式)にはめて解けるような出題傾向は減っていくのだと思います。

そうであるなら国語ができないと数学も解けない。つまり国公立大学進学が困難になる時代がやってくると言えるでしょう。

現に共通テストの中で国語は200点、数学は200点と半分近い割合を占めていますし、今後社会・理科科目も国語力を要する出題に変わっていくことが予想できるからです。

今の時代、動画でなんでも学習できるようになってきています。

中華料理のレシピ本を読まなくてもyoutubeで丁寧に解説してくれている動画があふれています。

しかし、これによって活字離れが加速してはいないでしょうか?

私が子どもの頃、漫画を読んでいると親に「漫画ばかり読むな」と叱られたものですが、今の子どもたちは漫画すらあまり読んでいません。

当然挿絵のない小説はよりハードルが上がりますし、国語の物語文を最後まで読むのに一苦労する子が年々増えてきている印象です。(読むスピードがあまりにも遅い子が増えてきています)

活字に強い親の子は、活字に強い子に育つ可能性が高い

語弊を恐れずに申し上げるなら、今、この記事を読んでくださっている保護者様は間違いなく活字に強い方です。

そして大変ありがたいことに、佐藤塾にお越しいただける保護者様の大部分が私のこのブログを読んできてくださっています。(口コミや紹介もありますが)

そういう保護者様のお子さんは活字に強い、耐性のある子である可能性が高いです。

フランスの社会学者ピエール・ブルデューは「経済資本」の他に「文化資本」が子どもの将来を決めると提唱しました。

「文化資本」とは金銭以外の個人的資産のことです。

例えば、本は客体化した形で存在する文化的財として挙げられ、その子どもが本を読むことがなくとも私生活の中に本「活字」が存在することが将来に影響すると考えていました。

家に本棚があるか、また本は何冊あるのか。

それが実は子どもに大きな影響を与えているのです。

そういった意味では何も親自身の本である必要はありません。祖父母の書斎でもその役割を果たすのです。しかし、現代は核家族化が進み、そもそも家の中に書斎がある家は少なくなってきました。

祖父母との同居は夫婦に余計な軋轢を生み出すこともあるかも知れませんが、一方で子どもの「文化資本」として役割を果たしていた面もあるのです。

話を冒頭の共通テスト数学に戻しますが、これからは限定的で応用の効かない知識は学力と呼べず、試験でも役に立たない時代がやってきているのかも知れません。

柔軟で骨太な学力は一朝一夕で身につくものではありませんし、明確で画一的な習得法があるわけではないはずです。

学校の評価体制と受験システムにある程度引っ張られながらも、目先の点数向上のみに終始しない在り方を我々塾校は考える必要があると思います。

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