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ディスレクシアとは?
ディスレクシアは、学習障害のひとつのタイプとされ、全体的な発達には遅れはないのに文字の読み書きに限定した困難があり、そのことによって学業不振が現れたり、二次的な学校不適応などが生じる疾患です。
(国立成育医療研究センターより引用)
俳優のトム・クルーズがディスレクシアであることは有名です。
私の中学校時代の英語の教科書にそのストーリーが載っていたことを覚えています。
ディスレクシアの特徴
(国立成育医療研究センターより引用)
読字障害
- 幼児期には文字に興味がないし、覚えようとしない
- 文字を一つ一つ拾って読む(逐次読み)
- 語あるいは文節の途中で区切ってしまう
- 読んでいるところを確認するように指で押さえながら読む
- 文字間や行間を狭くするとさらに読みにくくなる
- 初期には音読よりも黙読が苦手である
- 一度、音読して内容理解ができると二回目の読みは比較的スムーズになる
- 文末などは適当に自分で変えて読んでしまう
- 本を読んでいるとすぐに疲れる(易疲労性)
書字障害
- 促音(「がっこう」の「っ」)、撥音(「とんでもない」の「ん」)、二重母音(「おかあさん」の「かあ」)など特殊音節の誤りが多い
- 「わ」と「は」、「お」と「を」のように耳で聞くと同じ音(オン)の表記に誤りが多い
- 「め」と「ぬ」、「わ」と「ね」、「雷」と「雪」のように形態的に似ている文字の誤りが多い
- 画数の多い漢字に誤りが多い
この学習障害の難しいところは、個人差による成長の遅れなのか、学習障害なのか分かりにくいところにあります。
ディスレクシアの治療法
1884年にドイツの眼科医ルドルフ・ベルリンによって報告され命名された「ディスレクシア」ですが、学習障害として認識されてからの日が浅く、治療法が見つかっていません。
また、自身がディスレクシアだと気が付かずに成人するケースも多く、その緊急性のなさも治療法が未発見であることに影響しています。
とりわけ日本においては、世界に比べてディスレクシアの認知が遅れており、国内にディスレクシアの専門家が少ないことも課題の1つだと思います。
年齢を重ね、病識を持つことによって「対処」できたという事例は存在します。
ASDやADHDも同様ですが、大人になる過程で自身の特性を理解し、対処できるようになることはありますが、幼少期から成人するまでの間に明確な治療法は現時点で存在しないようです。
私自身、国語を専門として子どもたちに教えている手前、どうしてもこの「ディスレクシア」の解決策は気になるところで、常に情報収集には努めているのですが、解決策らしきものを見つけることは未だ出来ていません。
ただ1つ言えるのは、国内の書籍に限定せず調べることが重要だと思っています。
今では当たり前に聞く「ギフテッド」という言葉ですが、日本国内で認知されたのは比較的最近です。
そのため、ギフテッドについて正しく理解するためには日本の専門家や研究に拘ることなく、海外の書籍に目を向けるとより正確な情報が得られます。
自身もブログを書いているのであまり偉そうなことは言えませんが、どうしても「ギフテッド」に関するブログ記事や動画を見るとPVを増やすことを優先した内容に思えるものが多く、ギフテッドの難しさを真剣に捉えているものは少ないと感じてしまいます。
ディスレクシアと国語教育
この本はダナ・L・サスキンド医師によって書かれた「3000万語の格差」です。
簡単に内容をまとめると「3歳までに親が子どもにかけた言葉がその子の将来に影響する」という主張をしています。
読んでみた感想としては、医師が書いた本らしくそれぞれの調査結果やケーススタディをまとめた本で、若干恣意的なところもあるというものでした。
貧困世帯の親ほど語彙が少ないというデータは正しいのでしょうが、親の語彙が少ないから子どもの将来の学力が低いとは限らないはずです。
相関関係は多岐にわたり、決してAならばBと片づけられるほど単純化されたものではないはずだからです。
似たようなケースで幼児教育の正当性を示す金字塔のように用いられる「ペリー就学前計画」についても同様の指摘を免れることはありません。
また日本とアメリカにおいては「貧困」の意味が異なることにも注目が必要です。
日本は社会保障が充実しており、アメリカの貧困世帯の実情とは乖離があります。
そのため、仮に同実験(計画)が妥当であったとしても、それをそのまま国内に輸入できるかは検討の余地があります。
話が若干脱線しましたが、そうは言ったものの、幼少期からの子どもたちへの親や周囲の働きかけが状況を好転させる効果があることに疑いは一切ありません。
「幼児教育をしたから勉強ができるようになった」
ではなく
「幼児教育に関心のある家庭であったため、勉強ができるようになった」
という図式の方が頷きやすいはずです。
しかし、残念ながら子どもの成長過程において受ける影響は一つのみに絞ることはできず、結局何がよかったのかは成功した後にもよくわからないのが一般的です。
成功者が『かたる』成功の要因は往々にして真実とは異なることがあります。
成功者自身、勘違いしていることもあれば、単に運がよかっただけということもあるでしょう。
ですが、失敗はそうではないと考えます。
極端な話、「オオカミが人間の子どもを育てられたら」その子どもは人間の言葉を覚えることはないでしょう。
ディスレクシアが先天的なものだったとしても、だからといって言葉から遠ざけてしまってはよりその特性は顕著なものになってしまうと私は考えます。
ならばその逆をすれば良いという発想は、至極自然なもののように思えます。
そのため私は「国語教育」でディスレクシアの特性の軽減が図れるのではないかと考えています。
日本人はディスレクシアが少ない?
米国では人口の2割が何らかのディスレクシアに該当するというデータも存在しますが、前述した通り日本においては近年に至るまでその存在も認知されていませんでした。
それは単に日本人が気が付くことができなかっただけなのか、あるいはまた緊急性のあるほどの症例が少なかったからからかわかりませんが、少なくとも人口の2割という数値には到底至らないだろうということはわかります。
歴史を学ぶと、日本は世界的に見ても識字率が非常に高く、GHQの占領時、庶民にあてた文章が高度であったことから驚愕したという話は有名です。
日常的に読み書きに親しんできた日本人にとって読み書きはすでに生活の一部であり、得手不得手問わず、繰り返し反復学習するものであったことから誰もが字が読め、書けたのです。
より質が高く、多くの文章に触れる習慣があれば、仮に先天的な事情があったとしても気が付かず大人になるケースはあるはずです。
事実、米国の著名人の中にも後になってから「自分はディスレクシアだったかも知れない」とカミングアウトをする人は多く、かのトーマス・エジソンやレオナルド・ダビンチもディスレクシアだったのではと言われている以上、環境や他の能力で補うことができるものである可能性はあります。
ディスレクシアの子どもに周囲の大人ができることは?
幼少期における本の読み聞かせが有効なことは想像に難くないでしょうが、そのほかにも出来るだけ大人と会話したり、大人の話を聞く機会を設けることが子どもたちの言語能力を育むと思います。
実際、塾の授業においても、ディスレクシアとは関係なく「言葉を知らない」子どもは非常に多いです。
それは勉強ができるできないに関わらず、勉強で優秀な成績を収めている子でも、言葉を全く知らないことは非常に多いです。
例えば「袋のネズミ」なんて言葉は、アニメや漫画の悪役がよく言うセリフですが、最近のフィクション作品ではことわざを使う悪役は少ないです。
私は「形成逆転」という言葉は3歳の頃「三丁目のタマ」のアニメで知りましたし、「明鏡止水」という言葉はちばてつやの「おれは鉄兵」という漫画で知りました。
家で漫画ばかりを読んでいると母親から「小人閑居して不善を為す」と罵られました。何十回も言われたのですっかり覚えてしまいました。
このように多くのフィクションから学ぶこともあれば、大人が使っている言葉を自然に覚えたというケースもあります。
そのため、私は普段の授業の中でも、少しでもより多くの語彙を使って話をするように心がけています。
1回耳にしてもなかなか覚えられないでしょうから、何十回でもより多くの言葉を用いて話をします。
しかし、一番効果的なのは最も子どもと時間を多く共有する大人、親がその役割を担うことです。
何年か前に、中学受験の時事問題についてどう書けば良いか小学生に相談を受けたことがあります。
その際私は「君のお父さんがニュース見ながら話していることをしっかり聞いておくといいよ」とアドバイスしました。
するとその子は「パパ、いつもニュース見ながらぶつぶつ言っていている」と笑いながら言いました。
「うん、それを隣でしっかり聞くと勉強になると思うよ。話している内容もそうだけど、使っている言葉の意味を聞くだけでもすごく勉強になるよ」と伝えました。
その子は見事中学校に合格しました。
お父さんとの会話が良かったのかは分かりませんが、大人との会話は子どもに多くの知見を齎すと思います。
もし、お子さんの会話が不足していると感じるなら、できるだけ多くの語彙を用いて話をしてあげると良いかも知れません。
それがディスレクシアの特性の軽減にきっとなるはずです。
私はもし次、母親に「小人閑居して不善を為す」と言われたら「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」と返事をする予定です。
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